リプリー:数々のジャンルを横断してきた演出家・宮田慶子が手がける舞台作品である。1960年公開の『太陽がいっぱい(原題『Purple Noon/Plein Soleil』)をはじめ、長年にわたり映像化されてきた『リプリー』シリーズを新たな演出で日本初舞台化。
主人公トム・リプリーを演じるのは、映像と舞台の両分野で活動を重ねてきた上田竜也。狡猾で冷酷な一面を持ちながら、人を引き寄せる人物像に挑む。彼と出会い運命を大きく変えていくリチャード・グリーンリーフには木村了。さらに、トムに対して警戒心を見せるマージ・シャーウッドを潤花が、リチャードの友人フレディ・マイルズを板倉武志、イタリアで暮らす少年ファウストを長友郁真が演じる。また、リチャードの両親役として川上麻衣子と鶴見辰吾が出演する。トムとリチャード以外の登場人物を複数の俳優が兼ねるという構成も特徴である。
あらすじ
1950年代初頭のニューヨーク。虚言を重ねながら刹那的な生活を送っていたトムのもとに、ある富豪から一つの依頼が届く。それは、イタリアで放蕩生活を送る息子リチャードを連れ戻してほしいというものだった。トムは現地へ向かい、巧みに彼へ接近し、やがて親密な関係を築いていく。
ナポリやローマ、サンレモといった各地を巡るなかで、華やかな時間を共有する二人。しかし、その充足した日々の裏で、トムの内面には次第に複雑な感情が芽生えていく。リチャードへの憧れと執着が交錯し、自らの存在を重ね合わせるようになるのである。やがてトムは、自分こそが「彼」にふさわしい存在だと考え始める。
レポート
『リプリー』は、派手な演出やアクションで観客を圧倒するタイプの作品ではない。静かな空気のなかで、登場人物たちの心理がじわじわと浮かび上がっていく、大人向けのサスペンスである。だからこそ、本作では俳優陣の演技力が作品の緊張感を大きく左右していた。

主人公トム・リプリーを演じた上田竜也は、膨大なセリフ量を抱えながら舞台を牽引。序盤ではどこか軽薄さすら漂わせる人物として登場するが、物語が進むにつれて、その視線や間の取り方、わずかな口元の変化から、トムの内面に潜む狂気が滲み出していく。嘘を重ねるたびに変化していく表情や仕草も細やかで、観客に不穏さを静かに植え付けていた。
特に印象的だったのは、トムが次第にリチャードへの執着を深めていく過程である。感情を爆発させるのではなく、抑制された演技によって心理の歪みを見せていく構成だからこそ、上田の繊細な表現が際立っていた。

リチャード・グリーンリーフ役の木村了も存在感を放っていた。どこか余裕を漂わせる立ち居振る舞いや自然な空気感が、異国の男性らしい雰囲気を生み出しており、トムが強く惹かれていく理由にも説得力を与えていた。
また、本作ではトムとリチャード以外の複数の登場人物を、俳優が演じ分ける構成となっているが、その切り替えも見どころの一つだった。限られた人数で物語世界を立体的に構築していくことで、舞台ならではの緊張感と没入感を生み出していた。
全体を通して、作品のテンポは比較的穏やかである。しかし、その静けさのなかで少しずつ積み重なっていく心理描写が、本作独特の不気味さを際立たせていた。『太陽がいっぱい』世代にとっては懐かしさを感じられる一方で、現代の観客にも人間の欲望や羨望の危うさを改めて突きつける作品となっている。中高年層を含め、幅広い世代がじっくりと楽しめる舞台であった。
フォトギャラリー



Photo Credit :[Ayaka Ozaki]
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